吉田喜重監督『鏡の女たち』コメント――必見!

蓮實重彦

世代の異なる三人の女性が広島に旅立つ。20世紀の記憶とその欠落に誘われての巡礼。小津安二郎の『東京物語』とは逆ヴェクトルの痛ましい旅。ことによったら家族が成立してしまいはせぬかというフィクションに素肌で身をさらすしかない女優たちの素晴らしさ。流し灯籠が闇に浮かびあがる夜の川辺で、サスペンス豊かに言葉をつむぐ岡田茉莉子。その声によりそう田中好子と一色紗英の寡黙な雄弁。女性だけが歴史を語れるという吉田喜重のひたすらな思いが、静穏な画面を胸狂おしく騒がせる。感傷とは無縁の涙の意味を、誰もが甘美な驚きとともに発見するだろう。

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