溝口健二の『東京行進曲』のDVDがついに発売された

蓮實重彦

あなたは溝口健二監督の『東京行進曲』(1929)を見たことがおありでしょうか。日本にも16ミリのプリントが存在しているので、このサイレント期のみずみずしい作品をごく特殊な機会に見ておられるかもしれません。しかし、ヴィデオもDVDも出てはいないので、いますぐ見直すというわけにはいかない。ところが、この作品のDVDが不意に入手可能になりました。といっても、市販されているわけではありません。ある映画雑誌の付録として入手可能になったのです。

溝口の『東京行進曲』を付録につけるといった高度な趣味の持ち主は、残念ながら日本の映画雑誌ではありません。アメリカ合衆国の映画雑誌でもありません。それは『cinéma 05』というフランスの映画雑誌なのです。わが国でもニコラス・レイの評伝の著者として知られる映画史家のベルナール・エイゼンシッツ(Bernard Eisenschitz)が編集長をつとめるこの雑誌は、パリのレオ・シェール書店(Editions Léo Sheer, 22 rue de l’Arcade, 75008 Paris, France Tél:33-1-42-66-13-89 http://www.leoscheer.net)から発売されています。値段は20ユーロというから2500円も払えばお釣りが来る。ジョン・フォードの評伝で知られるタグ・ギャラガーや『カイエ・デュ・シネマ』の批評家エマニュエル・ビュルドーによる溝口論も掲載されているし、写真もふんだんに入っている。これを買わずにおく理由は存在しません。

二十数分ほどの『東京行進曲』のDVDは、シネマテーク・フランセーズがそのコレクションの中から1999年に修復したもので、もちろん、完璧なヴァージョンではない。しかし、シネマテーク・フランセーズには、故淀川長治さんを狂わせた『狂恋の女師匠』(1926)の断片もほぼ間違いなく残っていると見当をつけ、しかるべき人脈をたどりながら調査に入っています。それが現実に出てきたとき、そのDVDを付録として発売する勇気ある映画雑誌の編集長が日本にいるかどうか。この文章には、そのための雰囲気づくりにも貢献したいという意図が含まれています。それとも、この種のことは、信頼の置ける映画史家のエイゼンシッツに委せておけばよいのでしょうか。

P.S. 『Cinéma 02』には、坂村健・蓮實重彦共編による『デジタル小津安二郎』展のカタログのかなりの部分が仏訳されて掲載されています。また『Cinéma 03』には、蓮實重彦による『ハワード・ホークス論』(Shiguéhiko Hasumi: «Inversion, échange, répéition — Les Comédies de Howard Hawks» )が掲載されています。

P.P.S. なお、「モスクワのシェークスピア的な悲劇」は、国際的な世論の強い支持により、悲劇とならずに解決しました。ナウム・クレイマンは館長としてとどまり、その映画博物館も従来通り機能しています。

2003年6月

mube 註:『cinéma 05』付録のDVDはリージョン・フリーで、 原則としては日本でも見られますが、 プレーヤーによっては再生できない場合もあるのでご注意下さい。

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