マキノ雅弘のこの20本を見てほしい

山根貞男

マキノ雅弘は時代劇や任侠映画の監督として知られているが、必ずしも正確なイメージではない。なにしろ生涯に260本を超える映画を撮った監督だから、そのフィルモグラフィには、あらゆる種類の映画が並び、百花繚乱の観を呈している。

しかも時代劇といっても、中身の幅がきわめて広い。阪妻妻三郎の酔いどれ安兵衛が疾走するシーンが目を奪う活劇『血煙高田馬場』もあれば、片岡千恵蔵や市川春代や志村喬が晴れやかな歌声を聞かせるミュージカル『鴛鴦歌合戦』もある。あるいは、鶴田浩二と岸恵子がひょっとこ・おかめのお面をつけて恋を囁く股旅もの『弥太郎笠』もあれば、近衛十四郎・河津清三郎・藤田進らが豪快なチャンバラをくりひろげる群像劇『浪人街』もあり、中村錦之助と美空ひばりが若様と町娘を演じる歌いっぱいのロードムービー『おしどり駕籠』もある。

時代劇という器のなかに、多種多様の映画が盛り込まれているのである。長谷川一夫の復讐劇『阿波の踊子』を見れば、信じられないほどの大群衆による阿波踊りの光景に、だれしも呆然となりながら、モンタージュの力に感動するにちがいない。また、大川橋蔵と丘さとみによる恋の道中記『いれずみ半太郎』を見れば、必ずや涙にむせびながら、長谷川伸原作の股旅ものにこんな傑作があったかと驚くことであろう。

任侠映画についても、同じことがいえる。いうまでもなく任侠道に命を賭ける男たちを謳い上げるのが任侠映画だが、マキノ雅弘はそんなことに興味はない。高倉健と藤純子の黄金コンビによる『日本侠客伝 血斗神田祭り』と『昭和残侠伝 死んで貰います』を見れば一目瞭然であろう。前者では、主人公たちの淡い恋心と鶴田浩二と野際陽子の濃厚な色模様との対照が素晴らしく、後者では、運命的な愛を生きぬく男と女の姿が見る者の胸を揺さぶる。つまりこの場合も、任侠映画という器を活用して、したたるような男女の情愛が描き出されるのである。

ざっとこんなふうに、マキノ雅弘を単純に時代劇と任侠映画の監督と捉えるのは、まったく正確ではない。そして、ここが重要なところだが、マキノ雅弘は数多くの素敵な現代劇を撮っている。むろんそれらも一色ではなく、メロドラマもギャング映画もミュージカルもあり、戦争映画も夫婦ものも女性映画もある。

1908年に生まれたマキノ雅弘は、1926年、弱冠18歳で監督デビューして以来、1972年まで、260本余りの映画を撮った。その間、戦中も、作品歴の途切れた年はない。

こんな映画監督にあるイメージを貼りつけることは不可能であろう。260本余りのうち、残念ながら戦前のサイレント作品の大部分はフィルムが現存しない。わずかに残っているものも、断片だけである。それでも、120本ほどの作品は、ちゃんとフィルムで見ることができる。なかには何本か改題再編集版があり、原版より少し短くなっているが、そんな傷など吹っ飛ばすほど面白い。

さて、その120本ほどから20本を選ぶことになった。コミュニティシネマ支援センターによる全国巡回上映のためだから大いに意気込んだが、やはり尋常の仕事ではない。マキノ雅弘の映画の面白さを体感するには、最低50本は必要ではなかろうか。 そこで、まず、マキノ雅弘を知らない人に、とにかく文句なしに面白いから必見ですよ、と薦めたいものを選んだ。別記リストで題名のあとに*印をつけた10本が、それである。

この10本の魅力については、この文章の前半で簡単に触れているが、そこに明らかなように、ある時期だけに片寄っていない。また、主演スターの顔ぶれも多彩である。戦前戦後を通じて、おそらくマキノ雅弘ほど、いろんなスターと組んだ監督はいないと思われるが、10本にもその事実が証明されている。

マキノ雅弘の映画を何本か見た人にも、ぜひこの10本を見てもらいたい。ああ、これは面白かったという作品があるなら、残りのものにも必ずや興奮するはずである。そして、もっとマキノ雅弘作品を見たくなるにちがいない。

あとの10本はそのために選んだ。時代劇といっても、嵐寛寿郎が不思議な魅力を静かに漂わせる長屋もの『江戸の悪太郎』、片岡千恵蔵が現代人のままタイムスリップして森の石松になる『続清水港』、長谷川一夫と山田五十鈴の美男美女ぶりがたっぷり楽しめる長屋ものミステリー『昨日消えた男』、大河内伝次郎が壮年の男の色気を不気味に放つピカレスク『すっ飛び駕』、大友柳太朗が武士ゆえの惨劇を狂おしく演じる『仇討崇禅寺馬場』、そして中村錦之助が気のいい魚屋と悲運の旗本の二役で笑わせ泣かせる『江戸っ子繁昌記』と、中身は多種多様である。

現代劇がそこに加わっている。轟夕起子が歌って踊る『ハナ子さん』を見れば、こんな楽しいホームドラマが戦争真只中で撮られたのかと驚き、同じ轟夕起子が敗戦直後の焼け跡の娼婦を演じる『肉体の門』を見れば、底抜けに明朗な女性讃歌に目を瞠り、2作品の連続ぶりに感嘆させられるにちがいない。月形龍之介と山田五十鈴が絶妙な夫婦愛で涙をそそり、市川右太衛門が貫録で泣かせる『殺陣師段平』は、そのすぐ横にある。そして、高倉健と藤純子が母恋と恋愛の狭間で悩む『侠骨一代』が胸を締めつける。

マキノ雅弘の映画を多様性において楽しむこと。ただそれだけを願いつつ、20本を選んだが、ならば必見の映画が存在することに気づく。いうまでもなく『次郎長三国志』9部作である。

 

本テクストは、「マキノ雅弘生誕百年記念」を記念して行なわれた、コミュニティシネマ支援センターのマキノ映画巡回上映プロジェクトのために書かれたものであり、山根氏のご好意のもと、再録するものである。
 
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